【2013年2月】
気が付くと収容所にいた。壁は石造りで一面が白いペンキで塗られていた。どうして私が収容所に入ることになってし
まったのか、ここが一体どんな人たちを収容しておくための場所なのか、それは分からなかった。その部屋には私を含
めて五人ほどの人間がいた。部屋の壁は予備校の自習室のように一人分のスペースを仕切る壁がついていて、机と椅子
があった。机と壁はひとつづきに繋がっていて、椅子に座ると視界は白い壁のみになった。壁と机の境目には横に細長
い穴が開いていて、食事のトレイがそこから差し出されるのだと思った。
ある時間になるとその隙間から予想通りトレイが差し出された。しかし乗っているのは食べ物ではなかった。トレイに
はスポンジが乗っていた。細長い羊羹のような形をしていて、切れ目が入っており、五つに切り分けられていた。その
薄い青色といい、形といい、どう見てもスポンジだ。スーパーやコンビニなどでもよく見るあのスポンジだった。
それを見た瞬間、私は自分のやるべきことを悟った。「これを食べなければならない。」
何故スポンジを食べさせられるのか、多分一種の拷問なんだろう。なかなかに地味ではあるが、実際にスポンジを食べ
るのはとても苦しかった。まず口の中の水分を全部奪われる。そして噛んでも噛んでも噛み切れることはないので、何
回かは咀嚼してみるのだが、結果的にはそのまま丸呑みにするしかなかった。この呑み込む瞬間が、例えようがなく苦
しかった。しかもスポンジは五つ。時間制限は設けられていなかったが、私は立て続けにスポンジを手に取った。
一つ呑み込むたびに「うええっ」と嘔吐きながらも、三つ目を呑み込んだ時、右方向からの視線に気づいた。壁に遮ら
れて見えているはずはなかったのだが、仕切り壁から顔を覗かせると、二つ隣りの席に座っていたKさんがこちらを見
ていた。Kさんは私のバイト先の先輩で、多少天然なところはあるがとても丁寧な接客をする目標の人だった。どうし
てKさんがここにいるのか、それを尋ねようとしたのだが、私より先にKさんが口を開いた。
「ねえ、このスポンジね、Mr.マリックさんは八個食べたんだって!だから五個くらいは頑張らないとね!」
なぜKさんがそんなにマリックさんの事情に詳しいのか、というかマリックさんも収容所にいたんだな。ノルマは五個
でいいはずなのに何故マリックさんは八個も食べたのか…。余りにもたくさんの疑問が一気に襲って来たが、なにを聞
いても無駄な気がして。とりあえず「はい」とだけKさんに言った。