あれは未来のかけらなんだ。だから食べたんだよ。
星空のパズル
俺も大概イカレた人間だと思っていたが、あいつとの出会いが、俺を全くの凡庸にしてしまった。いまどき一度も染め
たことがないらしい黒髪、時々獣じみてギラつく二つの目玉、海の見える築五十年のアパート、アクリル絵具が散乱し
た部屋、世界の混沌を全部引き受けようとするような四角い画面、に侵されつつある狭い部屋、全ての文に黄色いマー
カーが引かれた数十冊の本、カサカサ蠢く背中に色を付けられた小さな家グモ、骨に味噌を塗ったようなガリガリの身
体、炭酸飲料のペットボトルだらけのゴミ箱、毎日一ピースずつ無くなっていく星空のパズル。
先日、あいつが救急車で運ばれた。季節は扇風機がストーブにバトンタッチするか否かの瀬戸際。早朝五時の道路脇の
草むらで、猫みたいに丸くなっているところを四十二歳のヤクルトレディに発見されたらしい。病院に運ばれた時、酷
く冷たい身体より、季節的には寒すぎる格好より、何より医師を驚かせたのは、胃の中から大量に出てきたパズルのピ
ースだった。
俺が病院に駆けつけられたのはその二日後だったが、ドアを思い切り開けたその先にいたあいつに、「よっ!」と、あ
まりにも気の抜けた挨拶をされてしまったために、ドアを開けるまでは確かにあった怒りや心配といった感情は、もろ
くも打ち砕かれてしまった。
(当時のメモによると「A PIECE OF FUTURE」という副題がついている)