うつわ



 変な夢をみた。高杉からうつわをもらう夢だ。夢の中で高杉はまっ暗闇にぽつんと佇んでいた。両手で掬い上げるよ
うにそっとうつわを持って、アルカイックスマイルで微笑んでいるので怖かった。高杉は彫刻のようにぴくりとも動か
なかったし、表情も変わらなかった。つるりとしたのど仏がいやに目に焼き付いた。まるでうつわのための置物のよう
でもあったが、その真っ黒い眼は土方がうつわを引き受けなければならないことを雄弁に語っていた。夢のなかでもこ
いつは言葉以外の些細なことでものを伝えるのが上手いやつだ。
 うつわは焼き物だった。詳しくないので一体なんの焼き物なのかは分からなかったが、長い間使い込んだもののよう
に手に馴染んだ。表面の微かな凹凸も全て知っているかのように当たり前にそこにあって、自分の手垢がついていない
のがおかしいくらいだった。ただ、淵にヒビが入っていて、それだけは見覚えがなく、違和感を覚えた。
「残念だな。」
端的にそう言った。すると陶器のような高杉が口をひらいた。
「うつわってのはな、人が手を合わせて水を受け止める形が元になってんだ。だから最初のうつわは歪みだらけなんだ
よ。」
高杉はガラス玉のような目を滑らかに動かして自分の手を見つめた。口の形は言葉の通りに動いているけれど、のど仏
は一切動かず、つるりときれいなままだった。うつわをどかされた手には澄んだ水が溜っていて、少しずつ溢れはじめ
ていた。高杉はうつわのための置物ではなくて、高杉自身がうつわだった。焼き物ももちろんうつわではあったが、高
杉といううつわの欠片だった。
「なんでこんな…。てめえの身体の一部を俺に預けんなよ。重い。」
「いざとなりゃ、そのヒビから割っちまえばいい。そいつがうつわのかたちをしてるのは単に、いつかは終わるっつう
メタファなだけだ。」
「めた………?なんか知らねえけど、どっちにしろこんな重いのは勘弁してほしい。このうつわを割ったらお前自身もど
うにかなんだろ?」
「ああ、少し死ぬな。」
「おい。」
「んな顔すんなよ。大丈夫だって少しだから。」
高杉は相変わらずのアルカイックスマイルで微笑んでいるが、そんな場合じゃないだろう。
「お前自身の人質を、俺に渡してどうなる?」
「土方ぁ、お前は俺を雑に扱わねえだろ?」
「ずるい。」
「そりゃあ、どうも。」
気が付くと高杉の手には、もう水が溜まっていなかった。その代わり、土方が受け取った焼き物のうつわにはなみなみ
と澄んだ水が注がれていた。その水に映る土方は、自分でも驚くほど所在なげな顔をしていた。

 目が覚めると、うつわはどこにもなかった。当たり前だ。土方は焼き物のうつわなんて持っていないのだ。机の上に
は昨日薬を飲んだ水が、ボーンチャイナの真っ白いマグカップに残っていた。ぐっと一息で飲んでしまうと、まるで高
杉が身体に染み込んでいくみたいでぞっとした。白い陶器のようなのど仏を思い出して、激しく首を左右に振った。
 急いでコーヒーをつくってマグカップに注いだ。茶色い液体が白を汚していくみたいに体積を広げていく光景にやっ
と息を吐くことができた。








2013-5-31